八月二十九日附お手紙ありがたく拝誦いたしました,あなたはいよいよご元気なようで実に何よりです,私もお陰で大分治ってはおりますが,なかなかもう全い健康は得られそうもありません,けれども とにかく 人並に机に座って 切れ切れながら七八時間は何かしていられるようになりました,あなたがいろいろ想い出して書かれたようなことは最早二度と出来そうもありませんが,それに代ることはきっとやる積りで毎日やっきとなっております,しかも心持ばかり焦って躓いてばかりいるような訳です,僅かばかりの才能とか、器量とか,身分とか財産とかいうものが何か自分の体についたものででもあるかと思い、いまにどこからか,自分を所謂社會の高みへ引き上げに来るものがあるように思い,あなたは賢いし とういう誤りがなさらないでしょうが,時代が時代ですから 十分にご戒心下さい,風の中を自由に歩けるとか,はっきりした聲で何時間でも話ができるとか,自分の兄弟のために 何円かを手伝えるとか いうようなことはできないものから見れば神の業にも均しいものです,そんなことはもう人間の当然の権利だなどというような考では,本気に観察した世界の実際とあまりに遠い(遠い遠い)ものです,どうか今の生活を大切にお守りください,上の空でなしに、しっかり落ち着いて,一時の感激や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ,苦しまなければならないものは,苦しんで生きて行きましょう,いろいろ生意気なことを書きました,病気に免じてお赦して下さい,それでも今年は心配したようでなしに 作もよくて実にお互いに心強いではありませんか,また書きます,